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野口城跡
「野口城」は室町時代に播磨の土豪・長井四郎左衛門尉国秀が築いたといわれています。「野口城」が歴史の舞台に上がったのは天正5〜6年(1577〜1578年)の羽柴秀吉による播磨攻めの時で、ろう城戦法をとった別所長治の三木城の支城として加古川市内に点在する城の中で、一番最初に秀吉の攻撃を受けたのが「野口城」でした。城の周囲は沼が点在する湿地だったようで、守るに易く攻めるに難い地形を活かし、僅か三百名ほどの手勢で包囲して波のように押し寄せる秀吉の大軍を悩ませながら約2日間守り通して善戦しました。しかし、やはり多勢に無勢で別所長治の三木城も包囲されていたことから救援も補給も受けられず、ついに落城し全員が討ち死にしたと伝えられています。
野口城跡に残る祠。討死した将兵を弔ったものだろうか…
野口城跡に残る祠。討死した将兵を弔ったものだろうか…
かつて湿地帯だったと思われる野口神社北側の窪地は現在、水田になっている。
かつて湿地帯だったと思われる野口神社北側の窪地は現在、水田になっている。