加古川探訪 トップページへ
戻る 升田堤 太子岩 築山  国包の渡し跡
築山

 


「築山」の頂上に鎮座する「築山神社」と「国包の榎・椋の樹」。
「築山」の頂上に鎮座する「築山神社」と「国包の榎・椋の樹」。
現在は地元の守り神として親しまれている「築山」。
現在は地元の守り神として親しまれている「築山」。
「築山(つきやま)」は加古川市上荘町国包地区に残る高さ7mほどの小高い人工の丘です。古くから国包地区では毎年のように加古川が氾濫し、家屋や家畜は流され多くの人命が失われてきました。大阪で商人として成功し財を成した国包出身の長浜屋新六郎は洪水の被害に悩まされ続ける郷里の人々を見兼ねて、洪水の際に避難できる山を築く事を決意、私財を投じて宝暦6年(1756年)に完成しました。その時、人の手で山を築いたことから「築山(つきやま)」と呼ばれ、洪水の際には多くの人々や家畜の命を救ったと伝えられています。現在、その頂上には地元の人々が感謝の気持ちと安全への祈りを込めて建てた築山神社と、創建時に植えられたといわれる推定樹齢240年の市指定文化財「国包の榎・椋の樹」がひっそりと佇んでいます。